福岡県出身の城戸シェフ。九州では『男子厨房に入らず』という言葉があるように男性が料理をすることは少ない。城戸シェフも例外ではなく、料理どころか味噌汁の作り方も知らなかったという。料理、特に寿司に興味を持つようになったきっかけは、寿司屋で働いている友人の手伝いをしたこと。東京で一度就職したが、会社の方向性と自分のやりたいこととのギャップにすぐに気がついた。そこで、心機一転寿司屋で働くという道を歩み始めたという。初めはちょっと手伝うだけ・・という軽い気持がいつの間にか寿司という料理の奥深さにのめり込むことになる。
客の目前で握る寿司は、客の感想をダイレクトに感じ取ることが出来る。『自分が工夫して仕上げた寿司を客が感激して食べるのを見て、毎日の励みにしてきた。』と城戸シェフは語った。
18才から渡米する28才までの10年間、東京にある5件の寿司屋で修行を積む。先輩達の技を盗むのに必死であったが、料理以外に人間的なものもしっかりと叩き込まれた。5件のそれぞれ違う店で修行を重ねることで得たものが沢山あると言う。『お酒と合わせる機会の多い寿司のシャリは甘さを控えめに。また、団地の傍など家族が多く訪れる寿司屋では甘めにと、その時々の客のニーズに応える勉強を出来たのが大きかった』と城戸シェフは言う。アメリカという全く違う状況で寿司を握ってみたいという思いから、2年間の契約で渡米。
しかし、結婚を機にアメリカで自分の店を持つことを前向きに考え始めるようになった。開店時に必要な資金が日本に比べ比較的少ないことや、日本から遠く離れたこの地で魚の旨さを伝えたいという強い想いが手伝い、ついにアメリカで美味しい寿司を握っていくことを決意した。 すし屋の勘八は東京にある有名な寿司屋『寿司屋の勘八』の姉妹店、つまり『暖簾分け』ということになる。暖簾分けは同じ味を受け継ぐ技術と相当な信頼関係が無ければ譲り受けられない云わばその店の卒業証書のようなもの。ここアメリカで“魚の味がする日本の寿司屋”を目指している。
日本のものでないとその素材の真価が発揮できないという理由で店内に並ぶ80%以上の魚は日本から輸入している。勿論素材を扱う技術や美味しいものへの飽くなき追求は素晴らしい。口の中で瞬時にとろけるアナゴやフワフワに柔らかい食感の煮タコはまさに芸術の域。美味しいものの真髄を知っているからこそ、知識も豊富。その知識は新たな感動を作り出す源となる。城戸シェフとカウンター越しに話をしながら食べる寿司はまさに本物。『何年この世界にいるかというキャリアはあくまでも参考。本当に旨いものをとことん追求することが何よりも大事です。』
城戸マジック、一度試してみる価値ありだ。