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師匠は父
父、千葉祐右氏は千葉シェフが3歳の時、割烹シェフとして単身赴任で渡米する。幼き千葉シェフは父の調理師名刺を手に父のことを思い浮かべ、自然と父のような調理師になりたいという憧れが育った。千葉シェフが11歳になった時、父はNorth
Hollywoodに現在も続く「千葉」を開業し、ようやく家族水入らずで暮らせるようになった。久しぶりに対面した父は、割烹シェフとして一流の腕前を持ちながらも照焼きチキンを作っていた。 |
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その姿には涙する思いだったが、千葉シェフの育ちの地への愛着は大きく、この地で父の築いた店を大きくしていきたいと、わずか14歳にして調理師として生きていくことを決意。16歳になると単身日本へ帰国し、横浜の名店で寿司職人としての修行を修める。再渡米後は、父を師匠と仰ぎ、父と供に(引退後は店主として)「千葉」を盛り立てて来た。 |
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感謝の心
千葉シェフは感謝している。このアメリカの地で、日本食を広めてきた数多くの先輩方に。「今、これだけいいもの(魚)が手に入れられるのは、それを要求し続けた、諸先輩のおかげ」。アメリカで日本食を作り始めた当初、質の高い、新鮮な魚を手に入れるのに、今では考えられないほどの試練があっただろう。例えば父のように、日本食が理解される以前には、一流の腕を持ちながらも、それに程遠い味を作らなければならなかったことも。そうして戦い続けてきてくれた先輩方がいたからこそ、現在のような高品質の素材を全世界から取り寄せ扱える時代が来た。 |
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曲げられないこだわり
だからこそ曲げられないこだわりがある。歴代の先輩の努力のおかげで、今の時代、世界中からその時一番美味しい「旬」の素材が手に入る。味に妥協は許されない。品質へのこだわりは絶対に譲れない。そして、いいものを常に入荷できるよう、取引先との信頼関係を築くなど、努力は怠らない。「自分が納得できないものは絶対出さない」。職人のこだわりもそのためには必要なプライド。「金額に関わらず、いいものを切らせずに入荷させる」。これは絶対曲げられない。だから千葉では最高の素材のみが味わえる。 |
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心を握る寿司
素材ばかりが良くとも、美味しい寿司は味わえない。「アタマや腕ではなく、ハートから出す」寿司を握っていきたい、と千葉氏は話す。そう、千葉氏の寿司は心を握る。お客様に喜んで欲しい、その気持を握る。職人気質の頑固なこだわりを押し付けるのではなく、お客様が満足してくれるものを握るのだ。ロールだってお客様が本当に望むなら、それが喜ぶもの。「(ロールは寿司じゃない、という人もいるけれど)僕はそうは思いません。お客様が満足して頂ければ・・・いい見栄ですかね、寿司職人の」そう、千葉シェフの笑顔が光る。
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千葉シェフの真心を握った寿司に惹かれて今日も「千葉」は賑わっている。 |
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