憧れのアメリカへ
幼い頃からアメリカには憧れを持っていたという平林シェフ。もともと料理をするのが好きで、日本では洋食店の厨房にて料理の腕を磨く。そんな平林シェフに転機が訪れたのは’92年のこと。現在アリゾナで4店舗を展開する日本食料理店、「SAKANAレストラン」のオープニングスタッフとして知人より声が掛かる。当時の日本は景気も良く、何不自由のない暮らしをしていた平林シェフ。英語は全く話せないし、家族や友人、彼の周りの全員が反対した。しかし平林シェフはみんなの反対を押し切って渡米を決意。
その熱い想いはどこから?との問いに、「チャンスだと思った。」と語る。「憧れのアメリカで、自分のスタイルがどこまで通用するか試してみたい。」そして一路アリゾナへと旅立ち、右も左も分からない新たな土地で、平林シェフの和食料理人への修行は始まった。
新しいジャンルへの挑戦
洋食時代とはスタイルが異なる和食の世界。味付けする調味料が違えば、使う素材自体も違う。一番大きな違いは平林シェフが腕を振るう場所そのもの。それまでは厨房の中で調理していたのに対し、寿司シェフはお客の目の前でその手腕を発揮する。時には世間話でもしながら。渡米して間もない頃、一番困ったことはやはり言語。「カウンター越しのお客さんに、好みに合った美味しい物を食べさせてあげたい。でも伝わらない・・・。」言語についてのもどかしさを抱えつつも、自分の作ったものを食べておいしいと喜んでくれる人々の笑顔に励まされながら、平林シェフは和食の修行を続ける。
SAKANAレストランでの4年間の修行後はカリフォルニアへと移り、「古都レストラン」や「割烹 穂(すい)」など本格的な和食店で、経験豊富な一流のシェフたちから割烹や寿司の職人技を習得する。その傍ら、英語を学び続ける姿勢も決して忘れなかった。そして現在のSushi of Naplesエグゼクティブシェフに至る。

個性を生かした環境作り
Sushi of Naplesでは週に一回、各シェフのスペシャルを試食し合うなど、個性を生かす環境作りを心がけている。では平林シェフの個性が生きた料理とは?見た目にも美しくオシャレな料理。実は、昔から絵を描くことが好きだったという平林シェフ、真っ白なお皿をキャンバスに、創造的な盛り付けで平林シェフ的アートを表現する。「美味しかった」と言って帰ってもらうためには、味はもちろん見た目の美しさも大事。「カウンターで話をしながら、その人の特別なディナーを演出する、その日の担当は僕だから。」と語る平林シェフの顔には和食料理人としてカウンターに立ち、沢山の客を満足させる自信と誇りがうかがえた。

幼い頃に描いた夢が現実になる日
幼い頃、ふと目にとまった一枚の写真、そこに写っていたのは、ハワイのオーシャンビューの物件広告。それを見た平林シェフは漠然と思った。「僕は将来ここに住む。」周囲の反対を押し切って渡米した日から15年、カウンター越しのお客が何を言っているのか全く理解できなかった当初から、今では一対一で話をしながらお客の好みを的確に見極め、それぞれの好みに合わせて視覚にも嬉しい美味しい料理で人々を魅了する平林シェフの姿がある。着々と夢実現へと邁進する平林シェフ、もしかするとSushi of Naples ハワイ店オープンも、そう遠くないかも知れない。