フリーウェイ10をノース・シトラス(N.Citrus)通りで降り北へ走る事5分、 ダウンタウン・コビナの入口に17年前の開業以来耐える事のない支持を得ている 「毘沙門」がある。当間和喜三氏が「毘沙門」の料理長。日本人という自分を誇り、 日本の文化をこよなく愛する人だ。

日本は鹿児島で生まれ、生後9ヶ月で両親とアメリカへ渡った。柔道や空手などの 格闘技が大好きで幼い頃は代2次世界大戦の頃から歴史のある小屋で練習に励んでいた。 ちょっと前までは格闘技の技術を磨くためよく日本に渡っていたそうだ。今では本格的には活動 はしていないが子供達に格闘技を教えている。これまで中華やハワイアン、日本料理などの料理を経 験してきた事がある。「大黒屋」や「毘沙門」を経営する社長とはまだ和喜三氏が職人になる前の10代の 頃からの付き合い。実家は「毘沙門」から近いローズミードにあり頻繁に両親につれて来てもらってたとか。

和喜三氏は社長から「大黒屋」開業時に誘われ社長の下で働く事を決める。あの「大黒屋」定番、 棒餃子は和喜三氏が生み出したもの。和喜三氏が一般的な餃子の包み方を従業員に伝授したが誰もうまく 餃子を包む事が出来ず、誰でも簡単に包めるようあの形で商品化された。柔道を修練するため為「大黒屋」 を辞め日本に一時帰国。

アメリカに帰ってきてからはコネを利用しハリウッドにある「ルネッサンス」ホテルの「ツイスト」 (Twist)という高級レストランで勤めだした。ホテルの全レストランを任されている料理長が和喜三 氏の料理に対するこだわりを持った姿勢に惚れ「ツイスト」のチーフシェフとしての位置を任せた。 「ツイスト」はコーポレーションと言う事もあって調理法や商品などは全てマニュアルに従って仕上げな ければいけなかった。勉強になるからと何年も働いてきたが「ツイスト」では自由な発想が許されずマン ネリを持ち出した和喜三氏は「ツイスト」を後にした。その頃、格闘技に見切りを付け、料理の世界一筋 で生きていく事を決意する。「常に何かに熱を入れて人生を送りたい。料理はいつも自分のそばにいた。」 と和喜三氏と料理の切っても切れない縁を語ってくれた。

過去にお世話になった「毘沙門」の社長の下へ戻ってきたのは4年前。今では才能を活かし料理長とし て17年の歴史のある「毘沙門」の味を護ってる。新しい発想を追い求める和喜三氏だがオリジナル料理は 一切変えず今までと同じ形で常連のお客を持て成している。新メニューを考える時は必ず魅力的でセクシ ーなものを心掛けているそう。「自由に仕事をやらせてくれる社長には心から感謝をしている」と「毘沙 門」に着てよかったと言う思いと料理人になってよかったと言う喜びを伝えてくれた。「これまで様々な 人種と出会い、自分とは違う価値観を持った人達との出会いは自分にとってこの上ない財産。スポーツと 音楽は世界が一つになれる。料理でも世界が一つになれる日を夢にこれからも頑張りたい。」ますます前 進を続けようという熱意が伝わった。

Ahi Poke Tower・アヒ・ポケ・タワー / $12.00

手をつけるのが惜しいくらい見事なプ レゼンテーション。本マグロの首の部分を惜しみなく使用。その本マグロにかか っているソースのピリ辛のハラペーニョエオリーソースはとろっとろのマグロと相 性抜群。真ん中に箸をいれ形を崩すと全食材がサッパリとした柚子梅ソースと絡み新た な料理へと味を変える。(写真には無いが)付け添いの揚げワンタンにアヒ・ポケを乗 せて食べるのが「毘沙門」流だとか。